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2016年8月27日土曜日

どうしてバルセロナチェアがKnollで製造販売するようになったのか 2016/8/27

バルセロナチェアを置きたいです。
スペースがあれば。予算は別に大丈夫です。
ほら、一応書いておかないと、やっぱり一人でお店やってるし貧乏なのねって思われちゃいますから。


だからバルセロナチェアの話だけします。
現物はKnoll Store青山行って買ってください。もしくは青山一緒に行きましょう。


Knoll 青山引用 http://team-net.co.jp/knoll-studio/250lc/
まえ、バルセロナチェアは最初からKnollじゃないって書きましたけど、http://case-study-shop.blogspot.jp/2016/04/201646.html
どうしてKnollで作られるようになったかご存じの人は少ないと思います。

ちょっと書きますね。


ミース・ファン・デル・ローエさんのストーリーを書かないといけないので、そこは端折っていきます。

ミースさん、いろいろあって米国に亡命します。
そこでシカゴのイリノエ大学で教鞭をとっていました。
で、そこで先日書いたフローレンスさんに指導をしていたんですけど、これきっかけで後のフローレンスさんと師弟、そして友人としての付き合いが始まります。

ミースさんは米国で自分のデザインを製品化したいと考えていたのですが、2社ほど家具会社に試作させてみたけど期待通りのクオリティにならなかったそうです。

そこでフローレンスさんに相談してみたところ、Knoll社にて研究開発されることになったんです。

1929年のオリジナルバルセロナチェアはミースさん的に納得していない部分があって、それがフレームのビス止め接合部がむき出しになっていたことでした。

この解決をミースさんはKnoll社に要望したんです。なんとかしてよと。見苦しいから。と。

いろいろ考えた結果、当時としては大変高価なステンレススチールを採用することにしました。
これにより各部を溶接後に研磨して継ぎ目のない鏡面仕上げが可能となったんです。
さらに、ダイス加工することで研磨後にピンホールの引きキズを無くすという技術を開発しました。

おかげでフレームに全く継ぎ目のない一本のスチールのような仕上がりに見えるようになりました。
それと、ステンレスの弾力により、座り心地もアップ。

これにミースさんがものすごく満足してバルセロナチェアだけでなく、自身の他のデザインもKnoll社に家具製造権を与えたんです。

契約書の中で、特に以下の部分をミースさんはハンスさんに強く求めたそうです。


” 全ての製品はミース自身によって承認されたドローイング、サンプル、モックアップに基づき製造されなければならない ”


フローレンスさんはミースさんを心から尊敬していました。
バルセロナチェアはKnollのシンボルとして守っていきたいと考えていたそうです。

そんなわけで、バルセロナチェアの製造に関しては、細心の注意を払っているそうです。


それで今日までKnollが正規で製造販売しているんですよ。

参考になりました?


本当に細心の注意を払って製造しているんでしょうかね。

工場連れてってください。


case study shop nagoya
愛知県名古屋市中区栄3-33-28 Uビル2F
HP : http://www.casestudynagoya.jp/
TEL : 052-243-1950
MAIL : info@casestudy.co.jp

2016年8月26日金曜日

シェルチェアの素材の選び方 2016/8/26

最近ですね、デザイナーの話ばかりだったり、他ごとでも細かい違いの話や一般向けじゃない家具の話ばかりで、新規さんへ目が向いていませんでした。

ちょっと連日の長文での箸休めとして、今日は基本に立ち返って私が思うシェルチェアの選び方を書きますね。

Herman Miller社の現行イームズシェルチェアには素材が3種類あるじゃないですか。シェル部分の素材ですよ。
その素材の違いはどうチョイスするべきなのかを書いてみます。


その3種類は。


Herman MIller Japan HP引用 http://www.hermanmiller.co.jp/products/seating/multi-use-guest-chairs/eames-molded-plastic-chairs.html
ポリプロピレン製
¥40,000(税別) ~

イームズプラスチックシェルチェアという名前です。


Herman Miller Japan HP引用 http://www.hermanmiller.co.jp/products/seating/multi-use-guest-chairs/eames-molded-fiberglass-chairs.html
FRP製
¥58,000(税別) ~

イームズファイバーグラスシェルチェアという名前です。


Herman Miller Japan HP引用 http://www.hermanmiller.co.jp/products/seating/multi-use-guest-chairs/eames-molded-wood-chairs.html
プライウッド製
¥82,000(税別) ~

イームズウッドシェルチェアという名前です。

これらの素材です。


いざ自分がシェルチェアが欲しいな!となったときに、どれを買うべきなのか。


まあ簡単な答えは予算ですよ。

値段がご覧の通り全然違いますので、自分に合わせた予算で選べば良いです。


でも、うちのお客さんに多い傾向なのが、値段じゃなくて好みで決めたいという場合です。
私もよく「もし値段が一緒ならどれが欲しいのか」ということはシェルチェアに限らずどんな家具にでも言います。

でもそれには、判断材料が必要です。
素材は違うのが、どういったストーリーがあって、どうして存在するのか。
それを知らないと、そもそも好みにたどり着けない。

何を判断にして自分の好みに合うかがわからないということです。 これ伝わります?


私が思うにこうです。


ポリプロピレン製(以下PP)ですが、これは復刻したシェルチェアにしか存在しない素材です。

もともとイームズのシェルチェアはハーマンミラー社で1949(48)年から製造販売されていたものです。最初はゼニス社で製造ですよ。
それを80年の終わりまで、続けていました。その時の素材はガラス繊維の入った強化プラスチック、いわゆるGFRPという素材でしたよ。90年の初めまでは売ってました。
ただまあこれが、環境に良くないよね。なんてことで製造を辞めまして、長らくハーマンミラー社ではシェルチェアを販売してなかったんです。

それからシェルチェアを最初に復刻製造したのがヴィトラ社だったんです。
それが2002年ぐらいだった気がするのですが、その時に素材をPPにしたんです。
パントンチェアとか他の家具でもPPにしたのが多かったですね。
その時のカラーですが、50年代からあるようなカラーをPPで再現した感じでした。

後に2010年からはハーマンミラー社は自前でPPのシェルチェアを製造販売するようになりました。
2010年でしたよね・・・?

今ではペールカラー、つまり淡いカラーが多く、カラバリも豊富です。カラーチョイスも過去に存在した色を踏襲せずに、現代のニーズに合わせた色合いが特徴です。
素材と相まってナチュラルな空間にも合わせやすい素材だと思います。

イームズの椅子だからと言ってアメリカンミッドセンチュリー感に薄いので、イームズは好きだからシェルチェアは欲しいけど、北欧テイストに合わせたいとか、現代的な空間にしたいとか、薄めの木の家具に合わせてライトな部屋にしたいとか、そんな要望の場合はPPだと思います。


ファイバーグラスシェルチェア(以下FRP)ですが、これは2014年に復刻した素材です。
先述の通り過去にFRPで製造を辞めた経緯があっての復刻ですが、今回はリサイクルできる環境に配慮したFRPというのが売りです。
だから厳密に言うとヴィンテージに存在するようなFRPとは全く同じ素材ではありません。

このFRPはヴィンテージで存在した素材ということを意識していますので、カラーもヴィンテージに存在するカラーを踏襲しています。
当時のシェルチェアにあったカラーを再現しているんです。
だから最近では見ないような結構きつめの色合いです。オールド感があります。

だから、これ単体で置いてあると、まさにイームズのシェルチェア!アメリカンミッドセンチュリーの象徴という感じがします。
私としては馴染みがある素材はこちらです。

FRPは存在感が違いますよね。主役感があります。
濃い目のダイニングテーブルや空間に合わせると、渋くなり、まさに格好良いと呼べる空間となります。

さらにこの素材は経年劣化が味になるということがあります。
傷がついても日焼けしても、それが味です。使い込んでいく楽しみ、長年の変化を楽しむならFRPですね。

それからヴィンテージの物が好きな人や、イームズ自体が好きな人、重厚さを求めたりする人にはこの素材です。


ウッドシェルチェアはプライウッド、成型合板ですね、これは2013年に新発売した素材です。
ヴィンテージでは存在しません。

昔、構想はあったんですよ。

イームズさんは、シェルチェアを成型合板で作りたかったんです。
でも当時の技術ではこの形を作ることはできませんでした。
試作品はいくつも残っているんです。

それがとうとう実現したわけです。60年越しです。
ハーマンミラー社の3D合板技術で生まれたわけです。
完全にシェルチェアの形を再現しています。これすごい。
それでいて他のシェルチェアと同じ保証期間5年を実現しています。

もうこれはですね、見た目の素敵さで選ぶものだと思います。
単純に見た目とクオリティで優秀な椅子です。
木の椅子としてこのデザイン性の高さ、座り心地の良さ、配色やバリエーションの多さ、そして値段。どれをとっても優秀です。

だからイームズとかハーマンミラーとか抜きにしても評価されます。

木が好き、でもイームズの椅子が欲しい。でもプライウッドチェアがクラシックなデザインすぎて部屋に合わない。という場合はこのウッドシェルです。

例えば夫婦でかたや北欧が好きでナチュラルな木の色の家具で統一したい、かたやイームズのシェルチェアが好きで欲しい。そんなときはウッドシェルチェアのホワイトアッシュにすると折り合いが付きますよ。

元をたどるとイームズさんもアアルトさんの影響を受けているので、その部分はスカンジナビアンと繋がってはいるんですけどね。

ウッドシェルはそうしたことに魅力を感じると良しです。



以上、あくまで私のこの時思いついた走り書きの偏見です。

なんか1mmぐらいは参考になると良いですね。


お店ではもっとちゃんと提案できますよ。
本来こういったことは、お客さんの求めるものや望むものをヒアリングして、こちらからいろいろ提案したしたりするものですから。


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2016年8月25日木曜日

イサム・ノグチの話 2016/8/25

今日は書きすぎました。
有名人なのでたくさん情報が残っているんですよ。これでもかなり端折って書いたほうです。


Isamu Noguchi (日本名 : 野口 勇)

彼の作品はHerman MillerからもKnollからも製品がリリースされています。
あとVitraからもですね。スツールが何故か今はKnollじゃなくてVitraになっているんです。

ですが、彼は彫刻家。です。


1904年 彼はロサンゼルスで生まれました。両親は、日本の詩人である野口米次郎さんと、米国の作家・教師であるレオニー・ギルモアさんです。日系アメリカ人ということになります。

その二年後に日本へ帰ってきました。

日本では森村学園幼稚園や横浜のセントジョセフ学園など当時としてはかなり恵まれた学校教育を受けていたそうです。
しかし、両親の不仲、確執、といった環境により、父親への不信や反発から1917年に母親が彼を米国に連れ戻しました。
彼の心の傷を癒そうとインディアナ州にある実験学校(?)に入学させようとしましたが、その前に廃校になってしまいます。

途方に暮れていた彼に↑その学校の創立者であるE.A.ラムリーさんが手を差し伸べ、彼の面倒をみるべく知人の家に下宿させハイスクールに通わせます。
ここから8年のあいだ母親とは会えず、便りも仕送りもない状態だったみたいです。

ラムリーさんは彼のことを考え医者になることを薦めます。が、彼はアーティストになることを望み、コネティカットに住むグッツォン・ボアグラムさんという彫刻家に預けます。
でもボアグラムさんとは反りが合わず三ヵ月で別れます。

1923年にニューヨークのコロンビア大学に医学部に入学します。
ラムリーさんの友人たちが彼のために学費を出してくれました。彼自身も夜はレストランで働きながら通っていたそうです。

そこに突然母レオニーさんが現れます。
彼女は大学に通いながら美術学校にも通うよう彼を説得します。
そしてレオナルド・ダ・ヴィンチという彫刻学校に通わせます。
その三か月後には学内で個展を開くほど才能があったそうですよ。

グリニッチ・ヴィレッジにアトリエを持ち、彫刻協会の会員にも選ばれ、彫刻の道に専念します。

1927年 パリに留学。

1929年 ニューヨークに戻り初の個展を開きます。しかし世界恐慌のためか作品が一点も売れず。

1930-31年 日本、中国など極東旅行にでました。

第二次世界大戦勃発
彼は望んでアリゾナの日系人収容所に入ります。
実はそれ以前にロブス・ジョン・ギビングスさんからコーヒーテーブルの模型依頼を受けていたのですが、何の音さたもなかったそうです。
でもこの収容所で読んだニューヨーカーに彼がデザインしたコーヒーテーブルが若干形を変えてギビングスデザインとして掲載されていることを見つけます。

彼はそれに憤り、それを超える優れたテーブルを作ろう!と、後にハーマンミラー社からコーヒーテーブルをリリースしますが、それが、



Herman MIller製ですけど昔の写真ですからね
このコーヒーテーブルです。
もともとのデザインの元ネタは妹に送ったテーブルだとか、当時のMOMA館長の、えーと、誰でしたっけ?のためにデザインしたテーブルとも言われていますよね。
その前にこんな話があったりします。

妹に送ったプレゼント説は、あの円柱の照明だよ説もあるんですけどね。あの三本脚のですよ。

1947年にデザインされたこのテーブルは、ジョージ・ネルソンさんからの依頼でした。
ここからは彼はインテリア・家具のデザインもするようになります。

1950年 銀座で個展を開きます。

1951年 再度来日した際に、岐阜提灯との出会いによりAkariシリーズの製作を開始します。
同年 シャーリー・山口(山口淑子)さんと結婚します。後55年に離婚。

1954年(55年?) 友人でもあったハンス・ノルさんに彼がデザインしたワイヤー組のスツールが目にとまりKnoll社にてリリースされます。
後にテーブル類も作られますよ




Knoll Store青山引用 http://team-net.co.jp/knoll-studio/311/
これですね。


1961年 米国のNYCのロングアイランドシティにアトリエを構えます。

これ以降は、基本的に彫刻の仕事とAKARIの製作してしていません。
グッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館、草月会館、アート・インスチュートなどなどなど、多くの場所で制作発表されます。

1970年には大阪万博にて噴水をデザインしましたよ。 (まだゴルフボールみたいなやつ残ってますよね。)

1984年 コロンビア大学より名誉博士号を授与され、ニューヨーク州知事賞を受賞します。

1987年 アメリカ国民芸術勲章を受勲。

1988年 札幌市のモエレ沼公園の計画に取り組みますが、同年12年30日NYCで心不全により亡くなりました。


ベルトイアさんと共通する部分があるなって私は思います。
それは、二人とも彫刻家であり、家具デザイナーではないということです。
でもその彼らの家具が名作として現代にも残っているのは優れた美的センスだからでしょうね。


彼らのことを知ってこそ、彼の作品を評価できると思いますよ。


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2016年8月24日水曜日

フローレンス・ノルの話 2016/8/24

せっかく昨日ハンス・ノルさんのことを書いたので今日はフローレンスさんにします。
次はだれを書きましょうかね。


Knoll青山から http://team-net.co.jp/knoll-studio/florence-knoll/
Florence Knoll (フローレンス・ノル)
1917 -

Knoll社を語る上で絶対に外せない重要人物であり、優れたデザイナーでもあります。


1917年 彼女はミシガン州サギノーにあるパン屋の家に生まれました。生まれの名前はFlorence Schustです。

12歳の時に孤児になり、銀行家の後家人が、彼女は早くから建築に興味があったことから
クランブルックアカデミーに隣接したキングスウッドスクールに入れました。
クランブルックアカデミーの学長であったエリエル・サーリネンさんは、彼女を養女として迎えいてました。
そんな訳でエーロ・サーリネンさんとは義兄弟ということになります。

当時のクランブルックアカデミーには、チャールズ・イームズさん、レイ・カイザーさん、ハリー・ベルトイアさん、ドン・アルビンソンさん、エーロ・サーリネンさんなどなどなど、後の伝説たちが在籍していました。
そこでフローレンスさんは"Shu"というあだ名で親しまれていたそうですよ。

1937年(38-39年説あり) ロンドンに留学しAAスクールに通います。しかし、第二次世界大戦の影響で二年で帰国することになります。

1940年(41年説あり) エリエルさんとアルヴァ・アアルトさんの推薦で今のイリノエ工科大学に入学。
そこではミース・ヴァン・デル・ローエさんの下で勉強しました。

1941年 ボストンのマルセル・ブロイヤーさんとウォルター・グロピウスさんの事務所で働いた後、ニューヨークに行き、Harrison and Abramovitsに就職し、そこでハンスさんと初めて会います。

1943年 ハンスさんから仕事の依頼があったのがきっかけでKnoll Companyに雇用されます。

1946年 ハンス・ノルさんと結婚。

Knollにおいて彼女はエーロ・サーリネン、ハリー・ベルトイアさん、ミース・ヴァン・デル・ローエさんとの交友関係からKnoll社から製品をリリースできるように貢献しました。
また、彼女の建築的な考えで、オフィスの効率化や問題点を解決し、顧客のニーズにも答え、そこにKnollのモダニズムを取り入れるノルプランニングユニットという画期的な概念を提供していきました。
IBM、GM、CBSといった大手有名会社で取り入れられましたよ。

1947年 Knoll Textilesを立ち上げ、家具だけでなく内装にも向けた高品質なテキスタイルの販売を始めます。

1955年 ハンスさんが自動車事故で他界。

1957年 実業家?資産家?と再婚。

1958年 Knoll社の社長に就任します。
55-58年の間の代表はよく知りません。ハンスさんが亡くなったあとKnollを率いていたのは彼女らしいのですが、社長に就任したのは58年で合っています。

1960年 彼女はKnoll社長を退任し、しばらくはデザインディレクターとして仕事をしていたそうですが、1965年にこの業界自体を引退します。


その後はフロリダで暮らしているとかどうとか。


彼女はKnoll社に置いて家具のデザインをいくつも残していますよ。



Knoll US キャプチャ
Knollの思想を凝縮したような、都会的で洗練された素材選びとデザインだと思います。
そして、ミースさんやバウハウスの影響を受けているのでしょうね。


フローレンスさんはデザイナーであり建築家でもあったとともに、企業家でもあったことが重要です。
ハンスさんとフローレンスさん、二人を知ってこそKnoll社のことを理解できます。

ちゃんと覚えておいてくださいね。


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2016年8月23日火曜日

ハンス・ノルの話 2016/8/23

今日あれです、デザイナーの話を書こうと思って誰にしようかなと考えていたのですが、ハンス・ノルさんを書くことにしました。思いついたので。
デザイナーじゃないっていう。

Knollをノールではなくノルと表現してますので、人名もノルで統一しますね。


カメラで直撮り本を
Hans G. Knoll (ハンス・G・ノル)
1914 - 1955

1914年に彼はドイツのシュッツガルトで生まれました。

その彼のストーリーを書くには、Knoll家について説明をしないといけません。

彼の祖父ウィルヘルム・ノルさんはシュッツガルトで家具工場を経営していました。
ウィッテンベルグ王家の皮革・工芸品ご用達の商人で、大変に豊かな時代も相まってギリシャ詩集を楽しみ、人道主義を教育理念とする豊かな紳士であったそうです。

その息子、つまりハンスさんの父であるウォルター・C・ノルさんはKnoll家の家訓である、子供たちは、一人で外国に行き勉学と仕事を経験して自力で一人前になる。ということにならい、1897年の23歳で渡米し輸入会社に勤務し、その後1901年から皮革を加工する機械の輸入会社を経営したそうです。
1907年にウィルヘルムさんが亡くなり、弟のウィリー・ノルさんとともに、ウィルヘルムさんの会社を引き継ぎ成功させます。
1925年にウィルヘルムさんから引き継いだ会社は弟のウィリーさんに任せ、54歳になったウォルターさんは「WALLTER KNOLL」社を設立します。

あのウォルターノル社ですよ。知らなかった人けっこういるんじゃないかと思います。


そんな家系ですので、ハンスさんも独立心に富んでおり一人イギリス、スイスと留学をし、イギリスではデザイン会社を創立したそうです。

1937年 渡米。

1938年 ニューヨーク72番ストリートに「Hans G. Knoll Furniture Company」を創立します。
彼はそこを"Factory No.1"と名づけました。
最初の仕事は、ドイツから持ってきた椅子を制作したことみたいです。

最初単純なデザインで価格も廉価なものを中心に製造販売していました。
しかし、多くの別会社にデザインが盗用されるようになったため、単純さを敬遠し、凝ったデザインに、高価格、模倣の難しい家具を製作するようになっていきました。
それが現在のKnoll社を形成していますね。
 
1941年 ペンシルバニアに製造工場を購入します。そして、ジェンス・リゾムさんと出会い一緒に仕事をします。
1942年にはKnoll社のカタログが初めて発行され、広告にはRisom Chairが使われました。

1943年 フローレンス・シュスト(シュー)さんを仕事を依頼し、彼の会社に雇います。

1946年 フローレンスさんと結婚します。フローレンス・ノルになったわけです。

会社自体はここから急速に多くのデザイナーとコラボレーションし、過去の家具作品を復刻したりと大きな発展を遂げます。
1955年には世界8か国にショールームがあり、工場を3つも持つほどになっています。

しかし。

その1955年 41歳の若さで彼はキューバで自動車事故によりこの世を去ります。


ハンスさんは実業家でありセールスマンとして優秀でしたし、芸術思考も強く、アメリカのモダンファニチャーの発展に大きく貢献した人物です。


家具だけじゃなく、そのデザイナー、会社、創業者まで知っているぐらいが最もそのその製品を理解できると思います。

けど、そこまで知ろうとする人は珍しいですよね。

私はそんな人が増えるといいなと思ってお店をやってますけど。


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2016年8月22日月曜日

アンジェロ・マンジャロッティの話 2016/8/22

今日はデザイナーさんの話なんですけどね、やけに充実した資料が手元にあったのでたくさん情報を書いてみました。

マンジャロッティさんですよ。



Angelo Mangiarotti (アンジェロ・マンジャロッティ)
1921 - 2012


1926年、彼はイタリアのミラノにある有名なパン、お菓子の家に生まれました。

母に会計士になることを薦められ同じくミラノにあるカッタニオ学校(専門高等学校みたいなもの)の会計士コースに入学志望に行き、そこで測量士コースがあることを知り、計算が好きでなはなかった彼は測量士コースを選びました。
カッタニオ学校卒業後、ブレラ芸術大学に入学し、2年間デッサンやデザインを勉強したあと、ミラノ工科大学入学しました。
入学一年後に兵役に付き、1945年から大学に戻り、1948年に卒業します。
その戦争中にドイツ兵と一緒に行動したくないという気持ちで、スイスに行き、そこでマックス・ビルさんやスイスの建築家たちと知り合い交流が出来たそうです。

1953年にアメリカに渡り、シカゴの地区コンペに参加したり、イリノエ工科大学で客員教授をするなど専門的な活動をします。そして、この時、フランク・ロイド・ライトさん、ミース・ヴァン・デル・ローエさん、ウォルター・グロピウスさん、コンラッド・ウォッシュマンさんたちと親交を結びます。
彼によると、ミースさんから強い影響を受けたそうですよ。

1955年にミラノに帰国し、ブルーノ・モスラッティさんと事務所を設立します。

1957年には彼の初期の作品で代表作の一つでもある”バランザーテの協会”をミラノに建築します。

1963-1964年 ヴェネツィア建築大学の工業デザイン専門コースにて教鞭ととります。

1982年 バレルモ大学建築学部教授に就任。

1986-1992年 コッレ・クリスタレリア社のアートディレクターを務めます。

1989年に 同年、東京にマンジャロッティアソシエイツを設立。

1989-1990年 ミラノ工科大学建築学部教授を務めます。

1997年 ミラノ工科大学建築学部工業デザイン科の教授に就任。

2002年 工業デザインにおける業績に対してミラノ工科大学建築学部より名誉学位を授与されました。


彼はにドムス・フォルニカ賞受賞、国際建築ビエンナーレ名誉賞受賞、コンパッソ・ドーロ受賞などなど多くの栄誉ある賞を授与されています。


彼の手がけた作品はHPを見ると良いですよ。
HP http://www.studiomangiarotti.com/
日本語訳されているのですごく優しいです。われわれには。


マンジャロッティさんは建築、プロダクト、デザイン、それはそれは多くの作品を手がけました。

私の専門なので家具、プロダクトのことで話しますが、彼の製品はモジュール式のデザインや角度が絶妙など、非常に建築的だと思います。
ピース上だったり、パズルの様だったり、合理的で、構造システムに優れたデザインばかりです。
それが魅力ですよね。


あまりに多くのデザインをしたマンジャロッティさんですが、最初のデザインは彼によるとKnoll社から依頼があったマーブル(大理石のこと)の花器だったそうですよ。


知ってもらいたいデザイナーの一人なので、名前だけでも覚えて帰ってくださいね。


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2016年8月21日日曜日

こんなダイニングテーブル置きますよという予告 2016/8/21

すごく良いテーブルを見つけたんですよ。
そんな予定はなかったのですが、展示する前からちょっと紹介します。

だって先日、店頭で「先にこのテーブルを知っていたらこれにしたのに。別なの買っちゃったよ。」って言われてアリャーってなったんですよ。社交辞令かどうかはわかりませんけど。

さきに知ってもらうだけでも意味があるなって思いました。


こんなブナ無垢材のダイニングテーブルです。しかも4色展開。
これは現物を一目見た時にすごくいい!って目が輝きました。

まあこの引きの写真じゃあピンと来ないかもしれないでしょうけど、とりあえずこんなのを展示して販売する予定です。

このデザインすごく良いよね、クオリティが気になるよね。
テーブル欲しいし、これに合わせたら良さそうだよね。そもそもどこの?だれの?と思う人はちょっと待ってみてください。
急いでテーブルが必要な人は諦めるか、あ、別に展示はなくても販売はもうできますけど。

お店に展示を始めたらちゃんと紹介しますね。または直接お尋ねください。

一か月後ぐらいかな?

これに合わせた椅子も置きますよ。

じゃ、来週も宜しくお願いしますね。


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